唐突に、真実と事実のおはなし。

芥川龍之介の作品の中に「藪の中」というのがある。

相当ザックリとストーリーを書くと、

江戸時代(っぽい)にとある夫婦が旅をしていて

追い剥ぎ(泥棒)にやられてしまい、妻は手篭めに

され夫は殺されてしまう。

追い剥ぎはまもなく捕まって取り調べ受けてるんだけど、

追い剥ぎの他にも関係者が取り調べされた記録が淡々と

書かれているのがこの「藪の中」って作品。

検非違使(おまわりさんみたいなのね)、命からがら

尼寺に妻をかくまった尼さん、妻、追い剥ぎ、そして

なんと殺されて死んじゃってる夫にまで!

イタコ使ったのか?!(笑)

そして、この強盗殺人暴行事件を語るのに、

当事者によって話す「事実」が違うことに驚きを隠せない。

誰かが嘘をついている?

自分にとって不都合な「事実」はねじ曲げるか、隠す。

人間がよくやることだ。

とまぁ前振りが長いんだけど(前振りなのかい…)

真実についてずっと考え続けてる私にとっては、

変に目が離せないこの作品。

昔の私は、真実は1つであり、

事実は人の数だけ存在していると思っていた。

でも今は逆で、事実は1つであり、

真実は人の数だけ存在していると確信している。

なぜなら、起きた出来事は事実であって、

それを見たり関わったりする人は必ずその人の

フィルターを通して事実を受け取り、こうだ!

って感じ考え思うのだ。

そして、その自分の感じ考え思ったことは

その人独自の「真実」なんだけど、それを「事実」

だと自動的に思い込んでしまうんだよね。

だから“自分の感じ考え思ったこと=事実=たった1つの真実”

って流れになっちゃう。自分だけじゃなくて“みんな”にとっても

本当のこと、ってなってしまう。

みなさんは、普段の生活でそういうことない?

よーく注意して自分の考え方の流れを観ていると、

すごく短時間で自動的に“そうなっていく”のをキャッチできるよ。

その流れにびっくりしてガーン!ってなったら、

人生次の扉が開く、かも?!(笑)

長くなったので続きはまた次回にでも。

(続くんかいw)

ではー。