何かに導かれるように、始めたことがある。

それは、仕事のこともあるし、仕事以外のこともある。

自分の意志とは関係がないような

いつの間にかやっていた、ということもあるし

抗いがたい何かに押されるように、ということもある。

 

それを「神の導き」ということがある。

 

スピリチュアルなことに限らないんだけど

でも、現実の仕事だと、そう語られず

スピっぽいことに関して始めるときだけ

「神の導き」と言われることが多い気がする。

 

それが、とっても気持ち悪い。

 

私は選ばれたの!っていうドヤ顔だったり

上から目線だったりする言動が

ものすごく伝わってくるからかもしれない。

 

あのとき、あのタイミングじゃなかったら

これはやっていなかったなーということが

誰にでも必ずあると思うし

それは、ある意味「神の導き」と言えるけど。

 

それは、振り返ってみてわかることであって

「私は今から”選ばれて”スピを仕事にするの」は

勘違いだと思うよ。

 

本当にスピリチュアルを仕事にしている人は

そう多くは語らないし

話す時は慎重に言葉を選ぶし

ドヤ顔はしないもの。

 

神の導き、というものがあるなら

それは真摯に生きてきたひとつの結果かな、と

私は思うのです。